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住まいづくりを通して街並、生活を考える、和田工芸
 

かつて宿場町として栄えた幸手市の中心市街地を活性化させようと、市内にあって今は使われていない古民家「岸本家住宅主屋」が国の登録有形文化財に登録されたのを機に、宿場町の風情を生かした街づくりのシンボル施設としての再生を図るために、現在の岸本家当主や周辺住民を中心に「旧日光街道幸手を感じる会」を起ち上げました。今後、この岸本家主屋を核に、さまざまな市街地活性化活動を展開していきます。
岸本家住宅主屋は、土蔵づくり2階建てと一部木造平屋建ての瓦葺き。日光街道の宿場町として栄えた幸手宿の醤油醸造所兼住宅として江戸時代末期に建てられたもので、外観は宿場町の面影を今も色濃く残し、屋根は左右に葺きおろした「切り妻造り」と、四方に葺きおろした「寄せ棟造り」の2つからなっています。
弊社でも古民家再生のプロとして発足時からこの会に加わり、岸本家主屋の再生工事はもちろん、これからのいろいろなイベントに積極的に参加していきます。

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幸手宿を歩く<1>MAP

東武日光線幸手駅から南東に約350メートル行ったところに志手橋(しでばし)という橋がある。ここから旧日光街道を北上し、聖福寺(しょうふくじ)付近に至る区間が、かつて幸手宿と呼ばれた宿場町だ。志手橋から南西約750メートルには、日光御成街道との合流点もあり、江戸時代には県内有数の宿場町としてにぎわったという。

幸手宿の始まりは、旧日光街道と御成街道が合流するところ(下高野)から少し歩いた、志手橋を渡ったところから始まります。志手橋を渡るとすぐ右手には神明神社があります。そこにあるのが几号高底標です。


神明神社

神社本殿の脇に祀られた成田講の社
ここは古くから岸本家とゆかりがあり、先祖代々成田詣でをするために町民の方が岸本家を代表に一年間積み立てし、今もお参りを続けられているとのことです。

幸手宿の始まり志手橋を出て、右手の神明神社・岸本家主屋の真向かいに、明治9年天皇陛下が奥羽巡行のさい休憩したと言われる行在所があります。(旧名主の中村家跡)

旧日光街道と幸手駅から4号バイパスへ向かう新しい広い道路との交差点を渡った右側にあるのが民家の佇まい・小島商店

商店街に入っても、昔の面影を残した民家がたくさん建ち並んでいます。

横町鉄道のあるお店(味噌・醤油等の食料品店)。横丁鉄道は、商店街や町工場の構内にある荷物や製品を運搬する『トロッコ』のこと。このトロッコ、今でも現役で働いています。

本陣の脇は久喜へ向かう道で、少しずれてクランクした通りが旧問屋場があった所で、かつてここの角には元警察署がありましたが、今では小さな公園になっています。
そこに面した民家は昔のままに蔵が連なり、主屋も残っております。

本陣を後にしてすぐ右側には関薬局。このお店、間口が狭く奥に長い宿場町の町割を良く現しています。

ちょっと脇道にはいると、こんな銅版を張った門扉があり、その奥には昔ながらの民家のお住まいがひっそりと佇んでいます。

   
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